2019年05月19日

NMMの三位一体-11 「未来の被害者」を作らない活動()

ナオキの目標を、
マギーが言葉で、
マルクスが漫画で、
実践()しているんじゃないですかね。
篠田編集長の後押しもあって。

NMMの三位一体-10 篠田編集長と漫画とマルクス
http://lttlleo.seesaa.net/article/465718684.html
NMMの三位一体-09 マルクス漫画と書籍、すべてが雑
http://lttlleo.seesaa.net/article/465766771.html

● ナオキ

元ヒステリックブルーのナオキが出所を前に獄中12年の心情と事件の真相を手記に綴った
篠田博之 | 月刊『創』編集長 2016/7/6(水) 19:51
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20160706-00059689/
元『ヒステリックブルー』ナオキの獄中手記
罪と償いについて考える 赤松直樹
彼女たちは事件の傷とどう向き合い、どう乗り越え、あるいは乗り越えられず今も苦しんでいるのだろうか。本当に、本当に申し訳のない、取り返しのつかないことをしてしまった……。

こうして私が自分なりに罪と向き合うことができているのには、ふたつの大きな要因があるからだろう。ひとつは通称「R3」と呼ばれる更生プログラムを受講したこと。そしてもうひとつはキリスト教の信仰を得たことだ。

全員というわけではないが、多くの性犯罪者は服役中にR3の受講を義務付けられる。これは認知行動療法に基づいたプログラムで、週2回、半年かけて実施される。受講者8名(固定メンバー)と臨床心理士・教育部門スタッフなど計10名前後で行われ、各自が課題として作成したワークブックの内容について発表し、ディスカッションするグループワークだ。


● マギー

2017年1月19日 https://twitter.com/maggy_xyz/status/822140235437834240
「当たり前の常識」と仰いますが犯行に至るまでの動機等は単純に確定できず、
「常識の欠如」や「性欲」などメディアが伝えるわかりやすい物語では決してないことが
再犯防止・矯正の分野で常識となりつつあります。

14:51 - 2017年6月17日
10代後半~20代半ばぐらいまでは今でいう恋愛工学生のように、セックスした人数に価値を見出すようなクソオスでした。その後何年かで何千冊かの本に触れ啓発されていくたび、いかに人として恥ずべき人間だったか、いかに女性を人間扱いせず傷つけてきたかを自覚するようになりました。→

2019年1月25日 https://twitter.com/maggy_xyz/status/1089035635279552512
まさに痴漢と同じ認知の歪み。
加害者更生プログラムのテキストで言えば類型は「合理化」「正当化」「責任転嫁」。
そういう傾向に自分で気づけないことが問題行動に繋がり加害に至る、と学んできた。
受刑者の再犯抑止に関わる中でも本当にそういう認知の人を多く見てきた。

2019年4月13日 https://twitter.com/maggy_xyz/status/1117068855606562817
更生に携わることもあり「一般人」と「犯罪者」の境界なんてほぼゼロに等しいと思っていて、自分が被害者になってしまうことだけではなく加害者になってしまうことも同時に考える必要があります。この社会の中で加害も被害も起こるのだからその社会の構成員として当事者意識を持たなければなと。

日付未確認 https://twitter.com/maggy_xyz/status/1089759222777098240
そのプログラムのテキストは刑務所の中から持ち出し厳禁なので「出所後に読み返したい」と思っても不可能なのが意味不明だよな。服役中に全文手書きでノートに写して出所後見せてくれた元受刑者や話を聞かせてくれた矯正教官がいたから知ることができたのだけど…。


● マルクス


彼女が性被害に遭うなんて 2019/3/26
https://www.amazon.co.jp/dp/4763137417/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_qc-2CbQV37JN4
内容紹介
僕の彼女はある日突然、「性被害者」になってしまった。
その日から彼女の笑顔が消えた。身なりをあまり整えなくなった。
一緒にテレビなどを見ていても、些細な描写でフラッシュバックを起こすようになった。

警察庁の犯罪統計資料によると、平成29年の刑法犯「強制性交等」は認知されている件数だけでも1111件。
同じ年の刑法犯「強制わいせつ」にいたっては、認知数5808件にものぼる。
つまり、1年間で換算すると毎日どこかで20人弱もの人が涙を流していることになる。
もう一度言うが、認知されているだけでこの数なのだ。

・・・・・警察の防犯課が講義しているみたい。

マルクスが語る「僕たちの被害」は「個人の語り(ナラティブ)」。
すかさず統計数字の羅列。

ミクロの「僕たち」がまずあって、背景・補完するものとしてのマクロ、というよりも、
マクロの「被害者全体」を語るための、事例紹介としてのミクロ、という感じ。

強姦、セクハラ、痴漢……許すまじき性犯罪は我々の半径5メートルで“日常的"に起こっている。そして、「性犯罪」は被害者本人だけでなく、その家族・パートナーにも想像を絶する傷跡を残すものだ。だから僕は、 「こうした悲しい出来事をなくしたい」 「同じような境遇の人にも、そうでない人にも性被害の現実を知ってほしい」そんな思いで、この本を描いた。

セクハラの認識が間違っている。
セクハラが「性犯罪を含む」ことはあっても、「性犯罪に含まれる」ではない。

「許すまじき性犯罪」を
「性被害の現実を知らせる」で「なくす(少なくとも減らす)」ことができる?
なぜ?

論理の飛躍がある。
「社会が被害を知る」→性犯罪の厳罰化 この方向で?
「加害者が被害を知る」→【罰以前に罪だからしない~思いとどまる】 この方向?

マルクスが考えているのは後者だと思う。

漫画「僕の彼女が性被害に遭ったという体験」
https://marx-bksou.com/bokunokanozyoga/

ト書き「加害者はのうのうと生きているが、知れ 知れ 知れ。」

自分は「加害者が知ったところで、加害ポルノにされるだけでは」と思った。
性加害が支配欲によるものならなおさら、
犯行の後も被害者が自分の加害によって支配されているのを認識できてしまうわけで、
マルクスは加害者を性善説で見過ぎでは?と現在も思う。

性犯罪の更生プログラムを「専門家の下で」正しく行うならば、
その中で被害者理解に向かわせるのは有効だろうが、
それ以外での「被害者の苦悩」は容易に加害ポルノ・悲劇ポルノにされてしまう。

雑極まりない漫画と同様、
雑極まりない安易な考えなんじゃないですか。
マルクスが「性犯罪者を啓蒙できる」なんて。


posted by Erin at 02:00| Comment(0) | ナオキマルクス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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