2019年06月09日

川崎殺傷事件は「インセルの銃乱射・テロ事件」で見るべきだ

● 自死志願と殺人志願を一緒にするな

「死にたいなら一人で死ぬべき」も
「人を巻き込んで死ぬな」もお門違い。

これが該当するのは
飛び降りで下にいた人を
ガス自殺を図って爆発火事で他者の生命と家屋を
こういうの。
これらには「積極的な殺意」はない。「未必の故意」については不明だが。

川崎殺傷事件は「積極的な殺意に基づく殺害行為」である。
巻き込みでもなんでもない。
凶器が包丁なのは日本は銃規制が厳しいからで、
銃乱射事件と性質は同じ。

「死にたい人」と
「人を殺して死にたい殺人志願者」は全然違う。

両者を同一視することが大間違いで大問題なのに、
問題の記事は混同させて「マテ」を言う。
ふざけるなである。

● 女性への憎悪犯罪

今回の事件は過去の事件と同様、
「女性への憎悪犯罪」であることをちゃんと言え。
「子ども」を狙ったと見るのは間違い、
女で弱くてしかも未来があるから尚更憎い女子児童」が狙われている。

なお、一昨年の相模原の事件で
犯人が本当に「社会の負担軽減・本人たちの救済」と考えていたのであれば、
暴力団事務所や刑務所を襲ってもいいはずだ。
実際には弱い人を狙っている。
犯人の主張を取り上げるのは不要なだけでなく、害悪だ。

● 男に甘く女に厳しい現れ

川崎殺傷事件に関連するツイートで
「加害者に優しく被害者に厳しい社会」
という文言を見たが、
「加害者(多くが男)に甘く、(男による)被害者(の女性)に厳しい社会」
だから、結果としてそう見えるのだと思う。

例えば「嬰児遺棄」の事件があると、
「妊娠させ母子を支えもしない加害者男」は不問で、
「妊娠させられ放置された被害者女性」であることはないことにされる、
「加害者男に甘く、被害者女性に厳しい社会」。

● 犯人から名前を消し去る

ニュージーランドでの大量殺人事件では、
首相は犯人の名前を言わない、人物像を提示しない方針を表明した。

ニュージーランド首相、銃撃犯の名前は今後一切口にしないと誓う
https://www.bbc.com/japanese/47623236
約100人が死傷したニュージーランド・クライストチャーチのモスク(イスラム教礼拝所)銃撃事件を受けて、ジャシンダ・アーダーン首相は19日、銃撃犯の名前を今後一切口にしないと誓った。

アーダーン首相は議会で、「男はこのテロ行為を通じて色々なことを手に入れようとした。そのひとつが、悪名だ。だからこそ、私は今後一切、この男の名前を口にしない」と、気持ちをこめて演説した。

「皆さんは、大勢の命を奪った男の名前ではなく、命を失った大勢の人たちの名前を語ってください。男はテロリストで、犯罪者で、過激派だ。私が言及するとき、あの男は無名のままで終る」

事件を起こして注目させるという犯罪者のエゴを叩き潰し、
名前も顔も人生も存在し尊重すべきは被害者である、という、
強いメッセージだ。

今回の、問題記事の筆者も異常だが、それをメディアが扱うことがさらに異常だ。
犯罪者の獄中手記を掲載、出所後手記を出版するのも同じく。
ニュージーランドを少しは見習え。


凶悪犯罪続発!アメリカを蝕む「非モテの過激化」という大問題
テロにも発展。その名は「インセル」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56258
今年の4月、カナダ・トロントの路上で、レンタカーが通行人に突っ込み、10名を殺害して多くに重軽傷を負わせるという事件が起こった。死者の多くは女性だった。

2015年10月にはオレゴン州の短大で、26歳の学生が9人を殺害したあげく自殺したが、この犯人も現場に遺した犯行声明でロジャーの事件に言及し、ガールフレンドがいないことを犯行動機の一つとして挙げていた。

2017年12月にはニューメキシコ州の高校で2人が殺され、犯人も自殺したが、この男は「エリオット・ロジャー」を名乗って掲示板に書き込みをし、ロジャーへのシンパシーを表明していた。

今年2月にもフロリダ州の高校で乱射事件があり、17人が殺され多数が負傷したが、この犯人も「エリオット・ロジャーは不滅だ」などとネットに書き込んでいたという。

相対的剥奪は、元々はこんな話だ。
ある部署では、ある時期になると50%が昇進する。別の部署は25%しか昇進しない。
常識的に考えれば、昇進する割合や人数が多い部署のほうが不満は少なさそうなものだが、
こうした場合、先の部署のほうが不満が高まるのだという。
4分の1しか昇進しないのであれば、仕方が無いと諦めもつくが、
半分も昇進するのに自分は漏れたとなると、収まらない人が増えるのである。

ようするに、昇進の有無そのものや絶対的な格差よりも、
主観的には「当然」昇進すべきだったのに、実際にはなぜか昇進できなかった、
というような相対的な不遇のほうが、深い不満をもたらすのである。

この「当然」には、本来自分が得られるはずだったものを
(多くの場合自分よりも劣っているとみなす相手に)不当に奪われた、という感覚も含まれる。


posted by Erin at 00:00| Comment(1) | 男の暴力と性暴力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
インセルの危険については同意だが、この犯人は身内があの小学校に通っており、強い嫉妬による憎しみがあっただろうとの報道もある。

うざチンスプが来たので晒します~。
IP:103.3.5.208 埼玉県川口市川口

インセルそれ自体に「強い嫉妬による憎しみ」が含意にあることを、お前は理解しような。
Posted by うざチンスプ←管理人編集 at 2019年06月02日 08:36
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