2019年07月25日

宅間守と赤松直樹の相似形

● 事件とそれ以前
● 宅間守と赤松直樹の「感情の鈍麻」

宅間守は「子どもを襲った殺人者」
赤松直樹は「性犯罪者」
として、異なる犯罪者に思われがちだろうが、
池田小事件の前に、宅間守は凶悪な性犯罪者である。

宅間守と赤松直樹は
女性への蔑視と暴力の本質において同じ。
濃厚に「有害な男らしさ」があるのも同じ。

● 事件とそれ以前

2001年6月8日
池田小事件・宅間守の女性蔑視と大量殺人を生んだ「男らしさ」の呪縛
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65074
2001年6月8日午前10時頃、1人の男が包丁2本を持って大阪教育大学附属池田小学校に侵入し、小学1~2年生を次々と襲い、8人の子どもを刺し殺し、その他の子どもと職員15人に重軽症を負わせました。

刺し殺した子ども8人のうち7人までが少女だったこと、さらに彼が妻たちに暴力を振るったドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者であること、池田小学校事件の動機として、暴力を振るいストーカー行為をし続けた相手である元妻を殺す代わりにやったと証言していたこと

中でも女子への攻撃は一貫していました。
小学生の頃は、女子生徒の胸や尻をさわる。いじめや唾吐き。
中学では女子の弁当に精液をかける。
10代の頃から始まった数知れない女性への暴行、レイプ。
元妻たちへの執拗なDV暴力。母を廃人同様にした暴力。
女子高校生や空港の「グランドホステス」など女性を攻撃対象にした無差別殺人の想像。

そして3番目の妻への「むしゃくしゃする」気持ちの肥大を止めようがなくなり、
大量殺人、池田小襲撃の行動となりました。

むしゃくしゃした感情のうっぷん晴らしに
宅間が最も頻繁にした攻撃行動が強姦、痴漢などの性暴力でした。

中学の段階で治療すべき、
最初の暴行、レイプで逮捕服役+治療すべき、
殺人を犯すまで事実上放置していたのは、
【女性への暴力を放置する男社会】の不作為による。

【女性への暴力を放置している男社会】が猛省すべき。

http://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/20041227000143
帰宅途中の女性ら9人にわいせつな行為をしたとして、強姦(ごうかん)、強制わいせつなどの罪に問われた人気バンド「ヒステリック・ブルー」(解散)の元メンバー赤松直樹被告(25)の論告求刑公判が27日、東京地裁(井上豊裁判長)で開かれ、検察側は懲役18年を求刑した。
(中略)
検察側は「夜間、駅前で待ち伏せして対象となる女性を探し、
無防備な女性を死の恐怖におびえさせるなど、犯行は計画的で凶悪だ」と述べた。

https://www.kyodemo.net/sdemo/r/twwatch/1556638724 500あたり ★確認
フライデーかなんかに、ナオキは昔から不法侵入したり、
すれ違う女性を担いでダッシュして放置して逃げる「拉致ごっこ」
というのが好きだったって書いてあったね。
女性の悲鳴が好きなんだって・・・・

立件されただけでも被害者が9人、水面下の被害者は数知れず、
これも【女性への暴力を放置する男社会の不作為】があるし、
【女性への暴力を助長し不可欠とすらする男社会の未必の故意】がある。

● 宅間と赤松の「感情の鈍麻」

宅間守 前項記事引用
「男は強く、女は優しく」を信奉する社会が
男性、男子に表現を許している感情がひとつだけあります。
怒りです。
悲しさ、寂しさ、怖さを口にすることは女々しいが、怒りを表現することは雄々しいのです。

誤 表現を許している感情
正 表現を許しているネガティブ感情

それを向けるのは「女」。「爺さん」でも「おっさん」でも「ガキ(男児)」でもなく。

本当の謝罪は、自らの怒りの仮面の下に隠れている悲しみと喪失を感じることからしか始まりません。

赤松直樹 手記
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20160706-00059689/
R3では感情統制方法など様々なスキルを学ぶこともできるが、
私にとって最も効果があったのは「心を開くことができるようになった」ということだ。

元来私はそれができず、常に本音を隠して生きてきたように思う。
その結果、親友なるものができたことはなく、また、人に弱音を吐くことができないためひとりでストレスを抱え込むこととなる。
(中略)
心を開く対象は他人だけではなく自分自身をも含む。
本当は傷付いて生きてきたにも関わらず傷付かない振りをして、あるいはそれを認めたくないから意図的に目を逸らしていたのだろう。
自分の痛みに向き合えない人間が他人の痛みを想像することなんて決してできない。
だからこそ簡単に人を傷付けることができた。 

「傷付いていたオレかわいそう」
「傷付かない振りをしていたオレかわいそう」
「傷付いていたから傷付けたのは仕方ないよね」

的な、自己愛と自己正当化が濃厚に漂うのが不快この上ないが、
森田ゆり氏が書いていることと酷似している。

そして森田氏が甘いのは
本当の謝罪は、自らの怒りの仮面の下に隠れている悲しみと喪失を感じることからしか始まりません。

が「気づいたオレ」「心から謝罪するオレ」の
免罪符効果、自己過大評価、自己愛強化になる可能性を見ていないらしいことである。

※森田氏は結局男の感情忖度に流れている。

「ジェンダーと犯罪」-2 「セックスと暴力」の事実から始めるべきだと思う
http://lttlleo.seesaa.net/article/466894478.html
「ジェンダーと犯罪」-1 「男らしさの呪縛」の真相は「男からの承認」だと思う
http://lttlleo.seesaa.net/article/466892568.html


posted by Erin at 01:00| Comment(0) | 男の暴力と性暴力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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