2019年06月15日

「有害な男らしさ」ではなく「男らしさが有害」

● 森田ゆり氏の著述への不満
● 「男らしさ」は有害である
● 「男らしさ」は女性蔑視と一体である
● 「加害助長の有害/被害助長の有害」
● やっぱり「男だけの世界」

● 森田ゆり氏の著述への不満

2001年6月8日
池田小事件・宅間守の女性蔑視と大量殺人を生んだ「男らしさ」の呪縛
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/65074

についての当ブログ記事(記事本文である森田ゆり氏の著書および森田氏への考察)

「ジェンダーと犯罪」-1 「男らしさの呪縛」の真相は「男からの承認」だと思う
http://lttlleo.seesaa.net/article/466892568.html
「ジェンダーと犯罪」-2 「セックスと暴力」の事実から始めるべきだと思う
http://lttlleo.seesaa.net/article/466894478.html

森田氏の著述について、
何か肝心なところを外している感があって、もやもやしていた。
「男らしさ」が「不快→怒り→攻撃」を誘導し強化する、の主張はわかるのだが、
(森田氏独自の見解でもない、他でもたくさん見かける)
それが「女性への」蔑視、憎悪、暴力、性暴力となる理路の記述がない。

むしゃくしゃした感情のうっぷん晴らしに
宅間が最も頻繁にした攻撃行動が強姦、痴漢などの性暴力でした。

だからなぜそれになる?

人の優位に立つこと、とりわけ女の優位に立つことが男の証であると信じている宅間は、
結婚相手、婚約相手を暴力で支配することに多大なエネルギーを注ぎました。

「むしゃくしゃした感情」以前の思い込みと、「優位→暴力支配」の回路、
これらも言及がない。

わからないならわからないでもいいから、
考えたがわからない、と書いてあれば森田氏はそうなのだとわかる。
しかし何も書いていないのだから、森田氏は自分に立てるべき問に気づかないのか

そこを飛ばしたまま、

「遺族に謝りなさい」という弁護人たちの願いが届くためには、まず、「あなたの心の奥底で、怖くて、寂しくて、声を出さずに泣いている小さな少年を何十年間も無視し続けてきたことに謝りなさい」という働きかけが必要です。

凶暴凶悪な宅間に
「怖くて、寂しくて、声を出さずに泣いている小さな少年」
のイメージを読者に持たせる、

自分への怒りを他者攻撃行動で発散する「怒りの仮面」の裏側をのぞき込み、
そこで今も父からの体罰におびえている少年に共感し涙を流して寄り添えたとき、
彼の中に他者への共感が生まれます。
その作業には勇気がいる。
傷口のまわりに巻きつけた包帯とガーゼを剥ぐ勇気がいる。
痛みを痛いと感じる勇気がいる。

「おびえている少年に共感し涙を流して寄り添」うことを読者に暗に求め誘導する。
「傷口のまわりに巻きつけた包帯とガーゼを剥ぐ」と心象を具象に置き換え映像を描かせ、
「おびえている少年」を見守り励ましているかのような錯覚を抱かせる。

「ほんとうは傷ついていた加害者の真の姿を推し量れる私」
「凶悪な殺人者にすら共感し寄り添える私」
「皆さんもそうでしょう、さぁ想像して共感して寄り添って」
な感じで、
ひじょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーに、気持ち悪いです。

それとも、著書には理路の記述があって、記事作成者が部分抜粋から外したのか?
その場合は「もやもやの責」は記事作成者になるが、
とにかく、肝心なところを詰めないまま、
「凶悪犯に感傷的で、共感できる私皆さん自己愛キモチイイ」
になっているバランスの悪さ、気持ち悪さが記事にあることに変わりはない。

● 「男らしさ」は有害である

しかし、記事本文で持たされるもやもや不快への答は、記事の題で書かれていました。

【池田小事件・宅間守の女性蔑視と大量殺人を生んだ「男らしさ」の呪縛】

→組み換え
「男らしさ」の呪縛が、池田小事件・宅間守の女性蔑視と大量殺人を生んだ

→一般化
「男らしさ」の呪縛が、女性蔑視と女性への暴力を産む

→論理
「男らしさ」は女性蔑視と女性への暴力を組み込んでいる
「男らしさ」は女性蔑視と女性への暴力と一体である(分離不可)

→論理2
「男らしさ」は男至上主義と暴力主義である

→結論
「男らしさ」は女性には無論、男性にも有害である ※題だけで導かれる結論

● 「男らしさ」は女性蔑視と一体である

新明解国語辞典
男らしい 強さ・いさぎよさなど、いかにも男性特有の性質を持っている様子だ
女らしい やさしさなど、いかにも男性特有の性質を持っている様子だ

「男らしさ」は「男性特有の(女性にはない)優れた性質」だから、
「男らしさ」が女性蔑視と一体であり、分離できない。

「女らしさ」は【男に都合がいい、支配に都合がいい、従順さ】として設定されているので、
「女らしさ」は女性蔑視そのものである。※「バカ可愛い」「ブス可愛い」的な称賛()。

● 「加害助長の有害/被害助長の有害」

「男らしさ」は支配のモデルだから、実行がすぐ加害になる。
「女らしさ」は被支配のモデルだから、実行がそのまま被害になる。
※装飾労働=被害 飴と鞭の誘導がある限り、純粋な装飾娯楽にならない。

性別のらしさ、つまり性別規範は有害、なくすべし。

ただし男性にとっては有害と有益のバランスが有益に大きく傾いている。
男はちゅらいよだの弱者男性ガーだの女はイージーモードだの、
被害者意識の妄想を盛大に叫びながら元凶の男至上主義にしがみつくのは、有益が優るから。

● やっぱり「男だけの世界」

男性がどんなに「男らしさの呪縛」に苦しもうと潰れようと、
女性をはけ口にする回路を絶たない限り、元凶は変わらない。
変えたくないんだろうけど、変えるしかない、に持っていけば、変わる。

答は「男だけの世界」。

男だけで自立する。
女性がいると即搾取するので、
男だけの世界で男だけでやっていく。

軍隊を想像してもダメですよ。
男同士で女性をネタにするし隊の外で女性を求めるしメディアを通すものもあるでしょ。
全部なしです。

おそらく超ギスギスしてストレスMAXで暴力が絶えないと思うけど、
果てしない暴力の応酬で全滅するとしたら、それが本性で自業自得です。
男だけでどうぞ。

※生殖?次世代?
搾取、暴力、脅しの加害を男から受けないほうが、
今いる人が生ききって絶えるほうが断然いいです。
女性だけの街、現実に比べれば楽園ですよ。


posted by Erin at 00:00| Comment(0) | 男の暴力と性暴力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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