2020年08月05日

脱コルズ あっという間にカルト

● 取りこぼし?
● 「奴隷と言った!」と同じことしてませんかね
● 論理の飛躍
● 種主義概念がなくても、低搾取は可能
● 確実に藁人形
● 大前提の構築を語る口で、誘導の存在を無視
● 自分らが考えてないんですけど?

脱コルセットについてのメモ
巣の中
2020/08/02 21:33
https://note.com/sunonakami22/n/n034b6cff6b02

● 取りこぼし?

「元から非装飾勢の取りこぼし」について

・そもそも取りこぼしているもいないも、装飾の有無に関わらず全ての女性は男性支配社会から逃れられていない「奴隷」である。

そこじゃない。
「脱」の視座から「非」を取りこぼすとする発想のトンデモに、気づかない?

あのねぇ。もうはっきり言うとねぇ。
「脱カルト」が「非カルト」を取りこぼすとか言うの、すんげぇ不遜。

「カルト」と自分が言うのは「はだしのゲン」の日本の空気とか、むしろそっちを言ってる。
組織や集団よりも、蔓延し共有され前提になっている空気。
で、ゲンの父は反戦思想だから隣組でうっすら~はっきり?排除されていた。
ゲンの父は「非神国カルト」なの! 当時のジャッポンで、市井の一人で!
※フィクションなのはわかってます。概念の話をしてます。実際にそういう人もいたと思うし。

それで戦後民主主義黎明期にゲンの父を指して(空襲で亡くなったけど)
「元から非カルトの取りこぼし」とか、何を言ってんだとならない?

● 「奴隷と言った!」と同じことしてませんかね

・そもそも「装飾女」という呼び方自体がミソジニーである。

事例を出しなよ。
誰が、どういう文脈で、発したのか。

自分が知る限り「~者」の表現がずっとされているが?

2020/07/30 23:54
ここ数日間の脱コル議論の経緯と個人的意見について

https://note.com/x_oshiro/n/n7bd3bb5bdcfa
個人と社会を別軸で考えており「装飾者に私怨があるから脱コルも応援しない」ということはないため、「非装飾女が脱コルにいちゃもんつけてる」と解釈した人がいたらなそれは違う。

ここからの伝言ゲーム・連想ゲームで、自分が「装飾女」を作りだしたんじゃない?

少なくとも事例を出していないのだから、
藁人形、冤罪でのミソジニー呼ばわりと判断されても自業自得だ。

● 論理の飛躍

この世のあらゆる社会システムは「女性を差別する事」が大前提で構築されているので、それに一切の加担をせず生活をする事は不可能である

コルセット概念が無ければ再生産や加担の連鎖を食い止める事も出来ない

論になってない。
前者はそうだね。
後者は根拠のない断定。

たとえば。
親戚の20代女子、フェミニズムを追っている感じは全然ないが、
行動が4B進行中。
装飾度もかなり低い。

彼女も社会の影響下で彼女の人格と行動が形成されているわけだが、
自分から見れば「かなりの自由人だなぁ」である。

そういうFが増えれば、当たり前のように存在していれば、
再生産や加担の連鎖は確実に弱まるのである。

コルセット概念はあるほうがいい。それは断言する。

しかし至上にしすぎ。

● 種主義概念がなくても、低搾取は可能

ヴィーガニズムから種主義概念を知って、
新しい視界が開けた感じがしたし、もっと共有されてほしい概念だと思う。

しかし。
世の中には「歩く時に虫を踏みつぶさないために、進路を箒で掃きながら歩く人」もいるのだ。
ヴィーガンでもそこまでする人はUMAだろう。

そういう人たちがいるのに、
「種主義概念が無ければ動物利用の再生産や加担の連鎖を食い止める事も出来ない」
と断言したら、おかしいだろう?
彼らの社会(小さな共同体だとしても)を存在しないことにするのか?

● 確実に藁人形

女性がコルセット概念を介さず「既に自分はコルセットを脱いでいた」という理論は成立し得ないし、そう言い切れてしまう事こそがコルセット概念を正しく理解していない事の証左である。

>そう言い切れてしまう事こそが(既存の事例ありを示唆)
→そう言いきれてしまうのであれば(仮定条件)

● 大前提の構築を語る口で、誘導の存在を無視

「自分の好きで最初からコルセットを付けていなかった」と
「自分の好きでコルセットを付けていた」は単に表出表現が異なるだけで理論は同一である。

女性全員にかかる圧(本人の自覚は外圧そのものを変化させない)を言いながら、
それを無視するってどういうこと。

「圧に反して非装飾」
「圧に従って装飾」

何が同じなんですか。全然違うのをわかってませんね。

● 自分らが考えてないんですけど?

「表面上や形だけそれっぽくした所で根本的な所は解決しないから、自分の思考やそれまで培ってきた価値観などの前提を疑ってみようよ」というような事です。

はははは。
自分らが得た新概念「コルセット」で塗りつぶして、
自分らと非装飾の大きな差を矮小化して、押し付けている脱コル勢に言いなよ。

「非装飾運動(という名称は無いと思うが)」それ自体は、「装飾労働」という女性の生活にかかる大きな負担を「軽減」させる習慣を一般化させるという点では「意義のある活動」と言えるが、やはり前述のように根本的解決を目指すのであれば「脱コルセット理論」が不可欠であると筆者は考えている。

これはわかるよ。
「動物福祉・愛護」で待遇改善でなく、
「動物搾取の廃止」を目指すべき、と同じ理路だと思う。


posted by Erin at 00:00| Comment(0) | 脱コルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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