● #KuToo の二の舞
● ナタのキレっぷり、イヤミーズのイヤミっぷり
● いつか来た道 ツイレディ
● 日韓”連帯”で先鋭化しやすい、グループダイナミクス
● 日米”連帯”はないですね?
● 「反差別」が「反転させただけの、差別B面」
● YRA、しばき隊、ツイレディ、脱コル
● 下駄をはかせる・下駄までが自認 の問題
● 「指導者」で「対等な仲間」は不成立
● #KuToo の二の舞
提唱に賛同して、運動に参加して、自己効力感と希望を育て、
連帯感にも高揚していたのが、
#KuToo も脱コルも、
旗振り役、チアリーダー(なろーる)が、
人の道から外れて、人心が離れ、運動が縮小する。
#KuToo は矛盾を含むが対症療法的な意味では、あるほうがいい。
(矛盾を含むがゆえ、どこかで軌道修正が必須だが)
脱コルも非コルから指摘が出た通り不完全だったが、あるほうがいい。
※「あるほうがいい」のであって、「絶対」ではない。
#KuToo は一定の成果を出したが、運動としての先はない。
#KuToo で撒いた種が、やがて芽を出すことはあるとしても。
脱コルはそれを知り賛同した女性たちに意識と行動それぞれの一部改革をもたらしたが、
運動としての推進力は大幅に落ちた。
● ナタのキレっぷり、イヤミーズのイヤミっぷり
イヤミーズのイヤミーズっぷりを、
ナタのそれと同じ、と批判する声がたくさん出ていて、
その通りだと思う。
結局、題材にするものが違うだけで、人間性が同じなんだろう。
「社会」を考える気があるなら、
「公正正義」(社会の視点)であるべきで、
「自分がキモチいい正義」(自己満足)のはずがない。
「自分がキモチいい正義」も
「自分が幸せだからいい」も同じ。
● いつか来た道 ツイレディ
ツイレディは巻き込み加害をやめなさい
https://togetter.com/li/1045685
「ジャップオス」考-2 解説と主張
http://lttlleo.seesaa.net/article/459829581.html
フェミニズムで日韓の女性アカウントの連帯が起き、
韓国女性アカウントのツイートを在日女性アカウントが日本語に翻訳して紹介する事例が複数あり、これらの背景により、ツイレディは「日韓の女性連帯」「在日女性と日本女性」の要素を持つ。
2-4.ツイレディの現在
・ミソジニーの壮絶なバックラッシュ(逆上攻撃)
・主張と手法に行き過ぎ批判多数
(自分も「巻き込み加害」について批判している。詳細は下記まとめ参照)
→アカウント凍結が相次ぎ、当時のアカウントはほとんど残っていない。
脱コル概念ができた今から見れば、
ツイレディの活動は「道徳コルセット・言語コルセットの破壊運動」だったと思う。
初めはクソオスへのカウンター活動だったのが、
・出向いてしばく
・クソオスだから人権なし(同然)
に先鋭化し、
・賛同しない女性に牙を剥く凶暴性・執拗
これらにより、ツイレディを支持する人はいなくなった。
(より正確に言えば、支持を表明できる空気ではなくなった)
この「賛同しない女性への凶暴性・執拗さ」が、実にそっくりなのである。
ナタにもそれはあったが、
ナタはそもそも「家父長制に乗ったまま家父長制を壊す」のトンチキなので、
脱コルとは別立てで考えている。
● 日韓”連帯”で先鋭化しやすい、グループダイナミクス
ツイレディの国籍・在住国の日韓比率は不明だが、
自分を攻撃してきたアカウント複数は(おそらく在日の)韓国人だった。
※朝鮮籍、北朝鮮国籍でなかった前提とする
そのアカウントの酷さを、
在日だからその人格、韓国人だからその人格、とは考えない。
基本的には「その個人」の人間性の問題だと思う。
しかし、
・韓国人のツイレディが、ツイレディとして先鋭化しやすい
・韓国人のツイレディと”連帯”する日本人ツイレディが、以下同文
となる、「集団に作用する力(グループダイナミクス)」も存在したと思う。
ツイレディも脱コルも
・韓国側が先駆者、指導者として、君主化しやすい
・日本側が君主の側近として、暴徒化しやすい
があると思う。
● 日米”連帯”はないですね?
日本のYRAは欧米のYRAを後追いしているが、
日米のYRAに”連帯”は見られない。
レズビアンナイトを社会的リンチにかけた自称トランスの白人男などを
引き込んでいる様子はない。
反YRAのラディカルフェミニストも
日米”連帯”があるようには見えない。
欧米在住の反YRAへは、
しばしば「出羽の守」や「カブレ」的揶揄がある。
しかし日韓”連帯”にそうした揶揄はない。なぜ?
● 「反差別」が「反転させただけの、差別B面」
韓国ラディフェムを日本ラディフェムが追随しても
アンチフェミから「韓国カブレ」の揶揄を聞いたことがない。
あるのかもしれないが、観測範囲に入ってこない。
欧米に倣うのは「カブレ」的揶揄が発生し、
韓国に倣うのは「カブレ」的揶揄が発生しない(前提)なら、
上下または勾配として、欧米は上、韓国は下、の意識が、
アンチ側にあるからだろう。
そしてそのことは、日本ラディフェムに「反作用」を起こす。
私(たち)は白人コンプレックスを持たない。(その意思がある)
私(たち)は韓国人に差別意識を持たない。(その意思がある)
それ自体はよいのだが、後者で問題が起きやすい。
差別するまいとして、上に置く。カブレる。自分から従者になりに行く。
人間としての対等に逆行する行いであり、中身は差別のB面である。
● YRA、しばき隊、ツイレディ、脱コル
それが顕著に見られるのがチンセルアライであり、しばき隊である。
しばき隊 http://lttlleo.seesaa.net/search?keyword=%E3%81%97%E3%81%B0%E3%81%8D%E9%9A%8A
YRAとしばき隊が異常に親和性が高いのは、
どちらもゴリゴリの男尊女卑かつガチガチのホモソ回路により、
対等な関係性というものが存在しないからでもある。
反差別!が差別被差別の力関係、尊卑感覚を反転させるだけの、
上下/強弱から一歩も離れていない、ホモソ仕草なのである。
しばき隊・ツイレディ・脱コルが、
いずれも「日韓”共闘”」で、いずれも暴力に先鋭化するのは、
暴力性と支配欲の素地のある人間が、
反差別の意識を持つといっそう悪質化しやすい、
ということなのだと思う。
対象が良い悪いでなく、
対象への意識が、素地に作用する問題。
● 下駄をはかせる・下駄までが自認 の問題
ツイレディも脱コルも
・韓国側が先駆者、指導者として、君主化しやすい
・日本側が君主の側近として、暴徒化しやすい
別の言い方をすれば、
・日本側が韓国側に下駄を履かせる
・韓国側が下駄までを自己と自認し、天狗になる
が起きやすい。
● 「指導者」で「対等な仲間」は不成立
運動としてやるなら、運動は日韓で混ざらずにしたほうがいい。
韓国側が先駆者であることは間違いない。
だから指導者として迎えるところまではいいのかもしれない。
先駆者としての強者性は不動で、
反差別の意識からの下駄を追加してしまい、
相乗的に強者性を持つのだから、
「対等な仲間」としての運動は、できない。
権力性を持たせながら、
権力性がないはずの対等の仲間とする、
その矛盾を、ちゃんと考えて正すべき。
先駆者としての強者性は不動なのだから、
対等な仲間という欺瞞をやめるべき。

