2020年08月08日

脱コルズ 「ジェンダー破壊」で「トランスジェンダー」化

● 脱が移行、脱コルがTGになっている
● そもそもトランスは性規範への反応
● 怪しくなってくるのが、その先
● トランス自認Fの行動・脱コルFの行動
● 規範を破壊したら、「新規範」か「自由主義」のどちらかでしょ
● 「トランス」は「反ジェンダー」に転換しなよ

ジェンダー従順を誇示する人間の人格は、だいたい悪い
http://lttlleo.seesaa.net/article/476721768.html

↑であるならば、脱コルズは人格が向上しそうなものだが実情は逆。

もともと支配欲が強い者が、
ジェンダー破壊の先頭に立っている気になって、
ボス気質を発揮している

のが、今の状況だと思う。

ボス気質の発揮=ボス化=ジェンダーオス化
として、以下。

● 脱が移行、脱コルがTGになっている

「ジェンダー前提でジェンダー越境」のトランス自称Fが
ジェンダーオス化するのは道理。

「ジェンダー破壊でトランス否定」の脱コルFが、
ジェンダーオス化している。

笑えない冗談ですか?

● そもそもトランス自称Fは女性規範への反応

女性規範への違和

自分がジェンダー女性であることへの違和 ※

自分はジェンダー男性だ

身体が間違っている、身体をジェンダー自認に合わせる

戸籍を「手術後の身体」に合わせる

ラディフェムは※以後が違う。
「ジェンダーというものが、女性差別だ」。

ここまでは、ラディフェムが完全に正しい。

● 怪しくなってくるのが、その先

「オスが独占したものを、奪いとる」として
「俺/僕」を一人称にする。

「女性の片務をやめる」として
「言語コルセット(クッション語)」をやめる。
「道徳コルセット(配慮忖度斟酌)」をやめる。

「人間が着る服」としてメンズを着る。

是非でなく、
事実として、
選択的行動が「ジェンダー男性」に寄っていく。

● トランス自認Fの行動・脱コルFの行動

「脱コルは男になることではない」
「脱コルで男に見えるのならそれが【人=男】の証左だ」

それはそうだ。

が、客観的に、考えてみよう。

「俺は男性だ」が内心のトランス自認Fの行動と
「俺は女性だ」が内心の脱コルFの行動を

他者が、区別することは可能ですか?

● 規範を破壊したら、「新規範」か「自由主義」のどちらかでしょ

そこを考えてないでしょ。

FAは「無為自然」で「自適」
http://lttlleo.seesaa.net/article/476701051.html
● 女性規範という型を破壊したとして、その先は?

女性が作る脱コル的新標準…? 
いやいやそれ制服の刷新に過ぎないやろ!

男子と同じ制服…?
着るもの=制服 なんですか!?

自分としては「自由主義」を理想としているのだけど、
規範だとちょっと強すぎるな、基準は共有されないと社会として空論になる。

現状は「破壊」で発生する「空(くう)」を、
「既存のオスジェンダー」に置き換えているでしょ。

だから、それ、ジェンダー移行と何が違うんですか、客観的に。

● 「トランス」は「反ジェンダー」に転換しなよ

活動家で具体例、遠藤まめた、杉山文野。

遠藤は「反ジェンダーのF」として、
女性専用スペースには「Fでない!?」と誤認されない配慮をして、
後は好きに反ジェンダーをやればいい。

杉山も「反ジェンダーのF」として、
女性と法律婚したいなら同性婚の実現運動をすればいいし、
パートナー女性に生ませた子の法的な親になりたければ養子縁組をすればいい。
杉山が反対している「不妊手術」は問題外になる。



posted by Erin at 02:00| Comment(0) | 脱コルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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