2020年09月14日

石川優実 ネットショップが「グラビア()アイドル()のファングッズ販売」

石川優実 ネットショップで「お小遣いつきバージョン」
http://lttlleo.seesaa.net/article/477429748.html

c 石川優実official shop
https://ishikawayumi.official.ec/

石川のネットショップへの
おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーきな違和感は、
ショップの発想が

「グラビア()アイドル()のファングッズ販売」

だからだと思う。

「下着を売るための、モデル着用」と
「ストリッパーを売るための、下着姿」の違い。

「モノを気に入ってもらう、代表挨拶に代表が顔を出す」のと
「アイドルのファンにファンだから買ってもらうのに、アイドルを全面に出す」の違い。

現実の店舗でもネットショップでも、
個人が作って商品を売る(オリジナル販売)
個人が仕入れた商品を売る(セレクトショップ)
どちらもある。
自作と仕入れを併用するのもありだろう。

オリジナル販売が「それを作る人」をアピールするのはよくあるし、
セレクトショップが「それを選ぶセンスの持ち主」をアピールするのもわかる。
だから「人(経営者)」を出すのはわかる、んだけど、

いずれにしても「モノ」を売るなら前面に出すのはモノでしょう。

例えば、仮に、庭造りの名人がサイトを作るなら、
サイトトップは名人が手掛けた庭でしょう?
名人の顔をどーん、どーん、どどーん、と、見せる作りにはしないでしょう?

ラーメン店でもレストランでもいいよ。
店主の顔、シェフの顔が、どーん、どーん、どどーん、だったら、
「なんだこれ・・・」と思わない?

アイドルグッズ、応援グッズなら、アイドルや応援対象が前面だよ。
芸能人なり、スポーツ選手なり、スポーツチームなり。
たとえば「D1SK」と染め抜いたタオルは「高橋大輔」のファンだから買う。
タオルとしての性能が優れているからタオルとして買う、という人はまずいないと思う。

・・・あ! わかった!

石川優実が目指しているのは「フェミニストアイドル」だ!

「グラビア()アイドル」の「アイドル」経験に執着していて、
「自分の顔が可愛くないから」裸体を売りにし、
「どんどん顔はたるんでくるし、体型は崩れまくっている」から、
「ルッキズムにNOを」とずいぶんと都合のいいことをいい、
「#フェミニストが脱いで何が悪い」と自称するフェミニストを裸の付加価値にし、



でももし石川が裸体以外に強味があったら、裸体を売りにしなかったんでしょ?
そして今は「フェミニスト」を売りに「アイドル」でいたいんでしょ?


これなんてモロに「アイドルグッズ」だよ。

from:@neko_nocone 画像
https://twitter.com/search?q=from%3A%40neko_nocone&src=typed_query&f=image


しかしそれにしても、
支持者がこうして「アイドルグッズでアピール+収益で支援」してくれるのに、
ネットショップで謝辞はおろか紹介リンクすらないね。

石川はほんと人を大事にしないね。
石川をウェブ署名に誘って参画してきた遠藤まめたの名前も出したり出さなかったりだし。

石川自身に話を戻すと、
石川の展開は終始「私の後援会・ファンクラブ」なんだわ。

石川優実 公私とも常に「スポンサー」を求めてるよね
http://lttlleo.seesaa.net/article/476472182.html
石川優実 一貫する「上に立って信者に寄進させたい」
http://lttlleo.seesaa.net/article/476442891.html

一対一の対面で「性のお悩み相談」、後にメールで、
metooで「サポート(投げ銭機能)」、
ポルカで「支援」をしてもらって、ネットショップで「撮影、販売」、
勝部元気作「ソーシャル・アクティビスト」で「支援」、
訴訟する宣言で「資金」を寄付してもらって、報告は「すべて終わったら」、
ネットショップで「私私私どーん」、「お小遣いつきバージョン」。

石川監修の靴の見せ方も、画像を一覧にしているだけで、
「それを履いて働く姿」を見せる画像なし、モノだけ、
試し履きができないネットショップで1万3千円超の靴を買うとしたら、
石川への「お小遣い」を出すつもりのファンくらいでは。

YUMI fan diary
グラビアアイドル・女優 石川優実さんを応援しています。
http://outrage0829.hatenablog.com/


過去のファンが今もついているとして、共感はしないがなくはないことだと思う。
全盛期あるいはその前からついたファンが、一蓮托生な感じ、偕老同穴な感じ。
客観的に見れば全盛期をとうに過ぎた、葉を落とした裸木くらいに見えても、
芽吹きの春から盛夏を見てきた者には、分かち合うキャリアの晩年と懐古ですよ。

それは内輪でやっていればいいことで、
その分かち合う内情が今の「運動()」が書割でしかないことを示している、
だからその偽善欺瞞を批判するんですよ。


posted by Erin at 01:00| Comment(0) | 石川優実 SNS・集金 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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