2020年10月08日

てんとうむし:直樹が「一蓮托生」を図るとしたら

● ナオキマギー告発後の表明再考
● でみあんには「強い確信」があるでしょ
● 真相は God knows
● 「客観的証拠」を強調しすぎる

直樹がもし「一蓮托生」を図るとしたら、
十分な探りと予測を重ねた上で最終的に、
自分の正体を明かすのは「対面した時」にすると思う。

第一に、文字で伝えると文字で残る。

第二に、相手は対面で知らされたその瞬間に「知った」になり、かつ対面している。
「会った事実」があり、個人の連絡先を渡しており*、顔を見られている。
期待通りの反応が得られなかったとしても、脅迫することが容易だ。

*直樹は2017年3月に「性被害の告白がDMで届き、電話に切り替えて5時間」とツイートしていた。
自分は嘘だと思うが、直樹から「電話で話す」がさらっと出てくるので、
対面するような相手とは電話もしていたのでは。つまり「相手の電話番号を知っている」。

しかしそれらはあくまでも「一応の保険」で、
「狙い通り進むだろう見込み」を得てのことだと思う。


● ナオキマギー告発後の表明再考

追記再掲:てんとうむしとarima 弁護士先生は保身の見本ですかね
http://lttlleo.seesaa.net/article/467925970.html
5/26
生きてます。(何をどう考えたらいいか、どう言ったらいいか、わからないことがあって、言葉が出てこないでいるのですが。)

てんとうむしはこのツイートを削除している。

この表明は「私の状態」のみで「告発とその内容」について全く触れていない。
通常は「告発の内容を知ってのショック」に読むだろうしそれを意図しているだろうが、
「告発され明るみに出たことのショック」も否定できない。それを否定する要素は書かれていない。


>それまで想像もしなかった内容

が「マギーはナオキ」であるとは限らない。これも予断だ。

仮定
「ナオキ」であることを知っていたが、
「マギー」があんなツイート(セクハラキモリプ、過去チラ見せ)をしていたこと、
それを集積して証拠として突きつけられることを、想像もしていなかった。

成立するでしょ。

● でみあんには「強い確信」があるでしょ

「マギーの正体を知っていて懇意にしていたオフ会参加者」

を、でみあんが何度も何度も何度も主張しているのだけど、
当然「誰」を、でみあんは考えているよね。

でみあんが挙げる条件で残るのは
紙魚エビ。

シュナムルが対面していたと思わせていたものを「オフ会」と呼ぶのは違うと思う。

シュナムルがarimaの紹介で!としつこく責任擦り付けをしていたのは、
でみあんの主張が影響したか?
オレより先にarimaが!arimaのほうが!が意図?

しかしarimaはオフ会参加者としては後のほうだし、紙魚エビもそれは同じ。
※「北陸オフ会」であるように、地理的条件。

表立っての擁護の有無よりも、「早期から対面×親密」が重要では。
そもそも「知って黙っていた人」なら「表立っての擁護」は避けるでしょ。

でみあんは
「早期から対面×親密だった人」を
「そうでなかった自分」が糾弾しているんじゃないの。

つまり、でみあんも、てんとうむしを念頭にしているんじゃないの。

● 真相は God knows

直樹とてんとうむしへの自分の疑いに対して、
直樹とてんとうむしだけが答を持っている。

自分の疑いは総合的に考えあわせての疑いであって断定ではない。
自分は断定する証拠を持たないが
直樹とてんとうむしも
疑いを否定できる証拠を持ってはいないだろう。

しかしこれを書いて今また疑念が増えた。

● 「客観的証拠」を強調しすぎる

てんとうむし:直樹/マギーと「女性初×一対一」で会った理由は何ですか
http://lttlleo.seesaa.net/article/477761426.html
>「証拠はあるのか」と言われたとき、私自身が持つ証拠が、自分自身の供述(自分の記憶や知り得たことから自分はどう推測するか)以外にない、

>証拠(特に客観証拠)になり得るものを持たなかった

>私は自分の供述以外に証拠(特に客観証拠)を持たない

>客観証拠を持たない人たち

なんか。「供述」を軽少化して「客観証拠」をここまで強調するのって。

「証拠は出てこないんだから、逃げられる」

が本心にないと出てこない気がするんだけど。

しかも
客観証拠を持たない人たちが、それでも警告を発したいと、
できるだけの証拠を集めようとした(複数人の供述を積み重ねる形で)、
それに基づいて警告を発した、という尽力を→糾弾しようとは私はとても思えず、

客観証拠を持たない人たち とすることに漂う脱価値化と貶め、
尽力に連結させるのが糾弾 の発想が露呈する、糾弾したい本心、

と自分は感じる。

自分の個人経験から事例
「期待させたとか無責任とか責めたい気持ちはなくて」

「期待させたとか無責任とか責めたい気持ちがある」だろ!!!!(怒)
「責めたい」を否定のポーズで表明しなおかつ
「責めたいけど責めないでいるんですよ」ポーズで恩着せ、実に度し難い。

てんとうむしの「糾弾しようとは」にはこのデジャヴを感じるのですよ。

自分が想像するてんとうむしの本心
「やめてよ、供述を集めて証拠にしないでよ、やめてやめて」

なぜかと言うと
「自分は知っていたから」。
「自分だけが知っている」であったことに疑問が及ぶことを恐れるから。

想像ですよ。「客観証拠」はない。


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