● キリスト教会
● イグナチオ教会
● 直樹とマギーとまきばの羊
● 知識も宗教も「悪知恵」として作用する害と危険が大きすぎる
● 宗教がミソジニーだから信仰はミソジニーを強化する
● 自己愛の強い人間が「神の愛」を得ると自己愛がさらに悪化する
草食動物も肉食動物も
水を飲みに水場にやってくる。
水場は狩場でもある。
● 「フェミニストの集まり」「キリスト者の集まり」
どちらにも似たところがある。
率直に言えば
被害者女性が集まりやすい場であり、
被害者女性を新たに作りやすい場なのである。
性犯罪者・性加害オスからすれば、
フェミニズムには性暴力被害者が集まりやすいし、
オスが反性暴力を見せれば感謝されやすいし信用されやすい。
教会には「性善説の善良な女子供」が来て「信者同士」として接触しやすい。
直樹がフェミニスト女性と接触していたことへの批判がある一方で、
直樹が教会で女性にも未成年にも接触していたことを問題視する声が聞こえてこない。
おかしいと思う。
神父牧師による児童虐待や女性虐待について告発があり、
神父牧師という権威が大きく作用していることは間違いないが、
善人に見えた隣人オスによる性加害、
善人に見えた指導者オスによる性加害、
善人に見えた接触者オスによる性加害、
が、きりなくある。
アーミッシュのように極端な共同体でなくとも、
共同体意識がある中での性加害が、いかに多く、いかに見過ごされ見逃されているか。
「家族親戚の身内による性加害」
「宗教の共同体の中での性加害」
「思想の運動体の中での性加害」
いくらでも挙がる。
結局ここに行き着く。
「女児女子女性にオスが接触するのは女児女子女性を危険に晒す、よって禁じるべき」。
極端に聞こえるかもしれないが、
「オス教員による女児への性加害」
「オス医師による女児女子女性患者への性加害」
「オス指導者による女子選手への性加害」
「オス親による子の友人女児への性加害」
「オス葬儀関係者による女性遺体への性加害」
【オスという元凶】だから接近禁止、それしかないでしょう。
● キリスト教会
加害者の人権ばかり重視して
被害者の人権が捨て置かれる
同じことが、キリスト教会にもあると思う。
※ほか宗教との比較ではない
キリスト教会は「罪びと」を呼び寄せる。
「悔い改めよ、そうすれば神は赦してくださる」
このメッセージをキリスト教が発しているのだから、
出所者は己の救いを求めて行くだろう。
キリスト教に入信するのはよしとして
※自分としては「免罪符効果」ほか全然良くないと思っている
教会に通うのは他の信徒と場を同じくするもので、
「善男善女」が集まる中に「罪びと」を入れるのは
「罪びとにとっての善」で、
「罪びとの善のために善男善女を利用させる」ものでは。
自分は今ここで
「前科は明確で客観的な線引きだから、前科で線引きして前科者は排除すべき」
と言っているのではない。
「受け入れ」とは「受け入れる側に負担を求めるものである」という事実について言っている。
「負担」は便宜的な表現で、
「損害」や「危険」など、内容も程度も多岐にわたる。
飲み会に子連れ 飲み会に要介護の親連れもありですか?
http://lttlleo.seesaa.net/article/477798757.html
アーミッシュの事例ほか、「罪を憎んで人を憎まず」の欺瞞
http://lttlleo.seesaa.net/article/473280502.html
● イグナチオ教会
イグナチオ教会の神父および関係者は
直樹の前科および人物をどこまで認識していたのか、
批判的な意味で非常に疑問である。
医者や心理療法士についていたかは知らないけれど、広い意味では奥さんや、彼がツィッターに書いたことが本当ならイグナチオ教会の指導神父様もケアに携わる人々だろうと思う。
— 青地イザンベール まみ (@aojimami1) September 26, 2020
匿名でしてたツィッターへの依存は気が付かなかったんじゃないかと思う。知ってたらあんな虚像作りは止めたはず。
>イグナチオ教会の指導神父様もケアに携わる人々だろう
だとしたら、性犯罪前科者が教会の信徒に関わることを、どう認識していたのか。
特に「女子高生」については
・暴行した後も脅迫し呼び出し、執拗に暴行を重ねた
・逮捕以前に「=好きな食べ物、お菓子、乗りたい乗り物」としてファンに公言していた
・自宅にセーラー服を置いてと何人もの女性に着させていた
・「そうじゃないと興奮しないから」「20歳以上は賞味期限切れ」
礼拝、巡礼ハイキング、クリスマスやイースターのイベント等々で、
直樹が女性および未成年女子と同席することを教会は禁じていなかっただろう。
直樹の前科を知って受け入れていたのであれば、直樹の逮捕前の言動も確認すべきだ。
確認したのか?した上での判断か?
知らなかった、把握していなかった、だとしたら、
それもそれで
罪びとを呼び寄せるキリスト教会が
罪びとを呼ぶだけ呼んでおいて
他信者と接触させることの是非を放棄
免罪符効果を与える問題を放棄
という「罪深い所業」である。
自分としては
・イグナチオ教会から「直樹との関わりについて」の見解
・キリスト教会から「前科者との関わり全般について」の見解
を、それぞれ公式に表明してもらいたい。
● 直樹とマギーとまきばの羊
教会に集まる女性子どもは、性加害オスからすれば文字通りの「牧場の羊」だと思う。
この発想には前段階がある。
「狼王ロボ」ほか「家畜を襲う獣」は、彼らに言わせれば「牧場が食堂」。
野生動物よりもはるかに
・密集していて
・動きが遅くて
・柵の中なら逃げられない
そもそも人間が野生に侵入して牧場を作っている。
ロボからすれば「人間が来て食堂を作った」だろう。
「神の子羊」は
愛、許し、信頼、性善説、寛容、忍耐、等々を説かれ求められ、
素直に従えば「被害者にされやすさまっしぐら」だと思う。
「神の子羊」思想は「君主と下僕」に都合がいい
http://lttlleo.seesaa.net/article/473346759.html
ごく少数の、知恵がはたらく、しかしサイコパス的な者だけが、
「そうか、この論理(詭弁)を使えばオレが支配できる」と気づく。
● 知識も宗教も「悪知恵」として作用する害と危険が大きすぎる
直樹は
ナオキマギーの告発以前から
直樹/マギーが気に入らない相手を威嚇するために法関係の知識を悪用した。
ナオキマギーの告発と批判に
肯定も否定もせず告発と批判を加害と主張し、被害届受理の嘘まで演じた。
警察行政や法律司法について得た知識を「他人を威嚇する加害」に悪用。
信仰についても悪用が可能だ。
敬虔なキリスト者アピに熱心だったが、
「まきばの羊」が何を教えられ何を信条としどのように思考するかを知っていれば、
羊を手なずけ信頼させ、囲い込むことは容易だ。
直樹が教会関係で接した人の中に具体的に被害があったかどうかは知らない。
自分が言っているのは「あった/なかった」でなく「可能で容易」だ。
● 宗教がミソジニーだから信仰はミソジニーを強化する
三大宗教は、ではなく、
三大宗教も、ミソジニーだから、
ミソジニーで構成している宗教を学び信仰すれば、
そのミソジニーをそっくり取り込むことになる。
ミソジニー強化の新回路を得て免罪符効果。
毒を強化して解毒自認とは、最悪ではないか。
● 自己愛の強い人間が「神の愛」を得ると自己愛がさらに悪化する
「自分という存在が肯定されている」という感覚は大事だとは思うが、
「こんな自分を肯定する者はいない」という全否定から善き何かが生まれるとは思わないが、
「こんな自分を神は愛してくださる、赦してくださる」
「私は愛されている、赦されている」
「私は傷ついていた、だから簡単に人を傷つけることができた」
「人を傷つけた私は、傷ついていた」
「傷ついていた私を、神はお見捨てにならなかった」
どこをどう切り取っても
「オレはオレでいいんだ、間違いはあってもオレの本質ではない」
「オレを傷つけた、オレを追い込んだ、オレを間違わせたナニカが悪い」
マギーがとうとうと語っていた
「合理化」「正当化」「責任擦り付け」* を、援護する。
*「転嫁」はミソ語なので使いません。
直樹の「学んだ目覚めた説教垂れる」は何だった?
http://lttlleo.seesaa.net/article/477848642.html
「神の愛」が「イコール自己愛強化」とは言わないが、
「自己愛の強い人間には、実に都合よく利用できる」のは間違いないだろう。
もちろん「それは利用で悪用だ」と正しく指摘する信者・聖職者もいるだろうが、
耳の痛い指摘は「聞きたくないから遠ざかる」のが直樹である。
直樹の手記全文-2 免罪符効果の見本 ★牧師の証言追記
http://lttlleo.seesaa.net/article/477674129.html
>信仰に対する厳しい面を進藤牧師から伝えると、次第に手紙は来なくなった。
なにそれ。

