2020年10月15日

脱コルズ「6B4T」→脱コルNeo「10B」

● 「4Bは必須」のわりに擁護している
● 「脱より非」はわかるだろうに
● 「4」も「広義のコルセット」じゃないの
● 「家父長制打倒としてでない4B」も非装飾同様に見下さないと筋が通らない
● 同性愛者も「4B」当事者
● 藁人形で墓穴
● 一度は入らないと脱できないよね
● 加担の経歴
● つまりね
● 社会運動ごっこ
● Neo的FA

ナタとナタ騎士脱コルズの論理「搾取を脱搾取が抑圧するな」
http://lttlleo.seesaa.net/article/477917476.html
4B:(いずれも男性との)非婚、非産、非恋愛、非性行為
6B:4B+非消費、非婚同士の助け合い
4脱:脱コルセット、脱宗教、脱アイドル、脱オタク

4Bは必須、6Bは発展、4脱(4T)は努力だ。
4Bは男性を排除することであり、
6Bは女性と連帯することであり、
4脱(4T)は自分の人生がすなわち運動になるようにするものだ。

必須、発展、努力、この考えを否定はしないけど、大きな疑問がわく。

● 「4Bは必須」のわりに擁護している

脱コルズは「自由意志否定・主体否定」で
「洗脳・誘導によるものだから本人の責任は問わない主義」なんだろうけど。

● 「脱より非」はわかるだろうに

脱コルズは「脱コル概念でない非装飾」への見下し感がすごいよね。

脱コルズのそれって
「改心したヤンキーがずっと優等生である優等生に驕り高ぶる」のにすごく似ていて、
まぁ「既にヤンキー」「黒歴史もち」の自覚がある人には都合がいいのだろうけど、
だから、自分に都合よすぎじゃね?

● 「4」も「広義のコルセット」じゃないの

「脱内心コルセット」とか広げているし
「オスがやらないことをしない」から言っても
「ちんよしに終始する恋愛性交結婚出産」は「オスがやらないこと」だし
「ロマンチックラブイデオロギー」もばりばりコルセットでしょ。

要するに「強固な思い込み」を外すこと自体、脱コルでしょ。
だから「4B6B」を自称し選択するのも脱コルなんじゃないの。

ここで脱コルが「1/10」と「10」の両方の意味になるんだけど。

「ごはん」が「白飯」と「食事」の両方の意味になるようなものでさ。

● 「家父長制打倒としてでない4B」も非装飾同様に見下さないと筋が通らない

脱コルと非コル、H4BがLを「4Bじゃない」と言い放ったらどうよ
http://lttlleo.seesaa.net/article/476618700.html

「脱コル概念」と自分が表記しているのは
「家父長制打倒という意識をもっての脱、なぜならry」のことね。

韓国ラディフェム発の4Bにはその意識があるわけでしょ。
でもその意識でない4Bもあるじゃない。
シンプルにオスが嫌いとか、興味がないとか。

自分はそれも「家父長制の仕掛け、ロマンチックラブイデオロギーに洗脳されていない」として「反家父長制」だと思う。本人の意識・意図の次元でなく、実際の行動・効果として。

でも脱コル的には「ロマンチックラブイデオロギーに洗脳されたヘテロが、フェミニズムとして選択行動する4B6B」でないと見下すわけでしょ。

だから結局「他人には確認できない内心の自己申告」がすべてで、
またトランスジェンダーイデオロギーと同じだよ、また「自己申告がすべて」で人に優劣をつける。

脱コルズはこんなんで「女性の分断」とか口が裂けても言わないでよね。

● 同性愛者も「4B」当事者

同性愛者は少なくも日本の現行では結婚が成立しないし、
同性愛者の結婚が法律で認められることになっても、
同性愛者の結婚は家父長制としての結婚ではない。

同性愛者が子を望んだとしても
人工生殖で子を持つことを日本の産科学会は法律婚の夫婦だけに認めている。

同性愛者は自分の指向を偽らない限り、
結婚出産のレーンに乗ることが最初から最後までないんだわ。
一貫して非。

「自分の指向を偽って結婚出産する(せざるを得ないほど圧力が強かった)」をした時に、
本人の意思や感情とは別途、行動の事実として「加担した」になるでしょう。

二者合意の偽装婚をする場合も、制度と慣習の温存加担だよね。

だからやっぱり同性愛者も異性愛者も「加担する/しない」はあるわけよ。
これに「同性愛はレーンに乗ってないから脱にあらず」とするとしたら、
LERFってやつじゃないですかね。

● 藁人形で墓穴


100パーセント女性の完全自由意志による結婚批判などない。

お前のツイートが藁人形。そして墓穴。
なろーるを主張にする時点で「自由意志がある」を自白。


こちらは「〝自由意志〟否定または懐疑派」。

「女性が〝自由意志〟で脱コルを選択している」事実は有り得ませんねw

〝自由意志〟懐疑論は「すべての自由意志について懐疑」であるべきだから。

※出産を超える大問題はない。
女性をもっとも損傷し女性の人生を制限し、
子という他者を発生させる、他者の発生に取り返しはつかない。

● 一度は入らないと脱できないよね

脱コルズは脱概念による脱を、脱概念でない非の上位に置いてるでしょ。
家父長制を倒すのは脱であるからと。

でもさ。
装飾だけを言っても
加担度合の低い低装飾 ※便宜的な表現ね
のほうが
加担度合の高い高装飾からの脱コル ※更生的…
より
装飾で家父長制に加担してきた総量は少ないじゃん?

やっぱり「実より名」なのね?

● 加担の経歴

反抗の意思をもって脱するのはそりゃけっこうなんだけど、
「加担してきた事実が存在する」よね。
「外圧と洗脳で内面化された」はわかるよ、
「加担させられてきた」でもまぁいいよとにかく、
「加担してきた」の事実が有るわけでしょ。

実際にはかなりの割合で
「非装飾が脱コルという印籠を得た」が多いと思うのだけど、
「装飾してても非装飾を名乗るんだ~(非装飾なんていない)」なのだから
「脱コルズも全員元装飾者」。

脱コルズ的には「全員装飾者*」の前提があって、
「脱しているワレワレすごいエライ」的な高揚感があるわけでしょ。

「全員婚姻経産婦」の前提が成り立たない結婚出産は
「脱できるのは既婚経産婦だけ」で、非婚非産の脱コルズはお呼びじゃないw

*
元装飾の度合=加担した度合 を問わない
元装飾の度合→脱コルとの差分 としてアピる
都合よく使いまわしているだけ、せこい。

● つまりね

脱は「行動の脱」と「思考の脱」をちゃんと考えていないんだわ。
脱コル概念が必須!とするから「概念関係なしの、行動の脱」を軽んじるし、
脱コル実践!で「行動の脱」を強調するから「初めからしない」を軽んじるし、
「脱概念で脱行動」をあれだけぶち上げた結果、
「脱概念で非行動」を自己否定する事態になっているわけよw

とにかくさ、社会運動と自称するなら理路くらいは通してほしいんだわ。

脱コルズは
自分が言いたいことは聞かれてもいないのにとうとうと演説をぶつのに、
聞かれていることには答えず語らない。

いや答えなさいよ。
主張の穴を指摘されているのに放置って、
穴だらけのチーズみたいな主張でいいんですか?

エメンタールチーズ
https://www.pablo3.com/cheesebook/types/emmental/

● 社会運動ごっこ

脱コルズってこれだよね。

理論があると言うわりに穴だらけだし、
穴を埋める姿勢も全然見えないし、

社会運動というわりに部外者とかそういうことを言っちゃうし、
単なる趣味の集まり(自利)、かつ、
社会運動(自利他利の共利)と主張したがる、

チャイムを鳴らして「ボランティアで回ってます~」の、アレか?
あの、ふいにやって来て時間を取る迷惑以外の何物でもないことを
あたかも恩恵であるかのように言ってのける、布教活動か?

● Neo的FA

「6B4T」より「10B」でしょ。

「やめる」より「しない」。最初から。


posted by Erin at 01:00| Comment(0) | 脱コルズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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