● 「母の毒を認めたくない」?
● 「自分が闘わず加担して、産んだ娘に闘わせてせている」
● 過酷な環境の中に生まれさせられる子
● 「私には夢がある。いつの日か」
● 「なんのために生まれて」
● エゴでない幸福追求
● 脱コルズによる「母批判」
俺が母に注意してほしいといっても、ほとんど軽い口頭注意。兄弟は大人になっても変わらず騒音を撒き散らして堂々と生きている。これがオスの履いている下駄なのか…?
— 🌕 (@wrrfdc) August 16, 2020
>オスの履いている下駄
「母がオスに下駄を履かせている」のを目の前に見ているのに、
「男尊女卑強化の加害者の透明化」をなぜここでする。
育てられた過程であった性差は、まず兄が長男として厳しく育てられたこと。完璧を求められ、怒鳴られ殴られていた。その結果兄が妹である俺に暴力を振るうようになる。母は「🌕は被害者だけど、兄も被害者だから」って言うけどそれってどうなんだろう……。 https://t.co/HH2tHoZQdJ
— 🌕 (@wrrfdc) August 16, 2020
ツイ主の母である女性が結婚し子を生んだ結果がこれ。
長子 男児で第二子への加害者
次子 女児で年長男児の被害者
※男児女児:出生時を起点とする視点としての表記。
父が元凶なのは当然として、
1.ツイ主の母である女性が結婚し子を産んだのは事実。
子の立場からの「発生させるな・生殖するな」にならないのか?
2.長子息子に殴られる次子娘に「加害の合理化」の二次加害をする。
なぜ「どうなんだろう」などとぼんやりしたことを言っているのだろう。
母が「息子は父の被害者だけど、娘の加害者」と事実そのままを言うべきと、
なぜ明確にしないのだろう。
そしてツイ主自身が間違った合理化をしている。
>育てられた過程であった性差
は
>兄が長男として厳しく育てられた
の、むしろその「先」だ。
ツイ主が長子長女で、怒鳴られ殴られていたら、
その結果ツイ主が弟に暴力を振るうようになった、か?
妹への兄の暴力を、父も母も止めず、母は合理化の二次加害をするのだろう?
弟への姉の暴力があったとして、この父と母は同じ態度をとるか?
ないだろう。
つまり、
兄が「オス由来の腕力と暴力性」があるにしても、
兄に「オスの暴力を容認させる社会」があり、
妹に「オスの暴力を受忍させる圧力」がある、
そこに、母が加担している。
暴力性の強いオスと番い、産んだ息子は遺伝と環境の両方で父オスのコピーとなる。
父オスからの遺伝を持つ男児を生み、女児をその被害者にしていること、
遺伝と環境で男児を暴君にし、女児に二次加害していること。
両面で、母が子への加害行動をしている。
なお、ツイ主は父母兄からの被害者であるが、
兄も発生させられなければ、父オスの暴力の被害者になることはなかったのである。
子を発生させるならせめてせめてせめて、父になるオスの人間性を吟味して決定すべき。
吟味したところで「マシオス=マシゴミ」に過ぎないが、せめて。
● 「母の毒を認めたくない」?
脱コルズが脱コルに走るのも
そもそもは男尊女卑の社会に彼らが生まれさせられたから。
彼らの母が彼らを産んだから。
母が結婚出産したのは「それが当然」で「追い込み漁」で
だから母に咎はなく云々・・・
いや別にね、各々の母個人を責めろと言っているのでなくて、
「生まれさせられた結果、家父長制と闘っている」のは事実でしょ。
と、書いた瞬間、また到達。↓
● 「自分が闘わず加担して、産んだ娘に闘わせてせている」
生殖という再生産が、そうなっている。
「女性が存在を容認されるために、オス社会に子を献上する」←モロ生贄
「子というトロフィーを掲げて、子を持たない女性に譲らせる」←モーゼ?
「子が将来の労働力で税金と年金を払うことをもって、驕り高ぶる」←鵜飼?
母たちが「そのつもり」で産んでいるとまでは思っていない。
「自覚して、意図的に」ではないだろう、
「無自覚に、とはいえ薄々わかってはいるだろうから否認込み」とは思う。
「男尊女卑の家父長制に、自分は加担し、娘に闘わせる」が、
「自覚して、意図的に」あるとはまさか思わない。
しかし【事実として】そうだ。
● 過酷な環境の中に生まれさせられる子
ユニセフが支援対象にするような子どもたち誰もが
【この状況に生まれされられたことの不幸】
を持たされて生まれさせられている。
生殖するな。これに尽きる。
無論「元凶オス」である。
それは無論で、子の視点で「生殖するな」がFA。
内紛が続く地域での、男児と女児の不幸も性別で明確に分かれている。
男児 少年兵 志願はあっても志願でない、誘拐拉致からの兵士で捨て駒
女児 性奴隷 性暴力で生まれた女児がまた性暴力の被害 の報告あり
戦争がない国でも、実は大同小異では。
男児 大半が歩兵いいとこ軍曹程度 ホモソ支配社会のカーストとして
女児 説明不要
社会を変えず温存させて再生産。
するな。
それしか言うことないでしょ。
● 「私には夢がある。いつの日か」
マーティン・ルーサー・キングがミソ煮こごりのオスであり、
ゴミソが言う「私たちの子どもたち」には偽善しかないのだが、
ただちょっと思ったこと。
差別社会で被差別者たちが
「私たちの子どもたちは差別されるのだから、生殖しない」
を選択したら、被差別の属性を持つ人たちはいなくなる。
ユダヤ人差別の社会でユダヤ人が、
先住民差別の社会で先住民が、
「自主的な民族浄化」になってしまう。
しかし「生まれさせられる子」からすれば、何の関係もない。
「発生していない存在は生まれたがりません」。
「我々を存続させたい」は普遍的な願いだが、それはやはり
「既に存在している者たちが、未来未存にバトン()を押しつけるエゴ」では。
● 「なんのために生まれて」
「大いなる意思」みたいなそういう合理化はやめよう。
「親が生殖したから」。
「生きる意味」は
「生まれさせられてしまったから、何か意味づけをしたい」による合理化。
● エゴでない幸福追求
「生まれさせられてしまった人」の生き方としては、これに尽きるのではないですかね。
「エゴ」の捉え方は従来と反生殖ではまったく違って、
「親に孫を見せるのが親孝行」だの
「次世代につなぐのが社会の一員」だの
いやいや、それこそがエゴですやん!
エゴでない範囲での快楽追求、趣味とかね。
エゴでなく女性みんなのためのフェミニズム。

