● 「スピリット」
● 「県民性平等」←ジェンダー平等
● 「地域平等」←男女平等
● 抑圧者が言う被抑圧者の「メリット/デメリット」
● レインボー汚染
「男女平等」の言葉がすごい勢いで「ジェンダー平等」に置き換えられている。
ホワイトウォッシュならぬ
ピンクウォッシュならぬ
レインボーウォッシュならぬ
レインボー幻惑の汚染によって。
現実は
「男女不平等」で「性差別」で「女性差別」である。
「性差別」は言うまでもなく「セックス差別」である。
「ジェンダー」に置き換えると表現はこうなる。
「ジェンダー不平等」←そう設定したのがジェンダー
「ジェンダー平等」←ジェンダー設定をなくすか同じにする、同じにすると無意味になり結果として消滅する
この記事を書いているのは、
過去に自分が「ジェンダー不平等」と書いてあるのを見つけたことによる。
● 「スピリット」
映画「スピリット」ジェンダー視点で感想
https://togetter.com/li/1177683
結婚て、何かを捨てることを伴うことが多いじゃないですか。
で、それは結局、女性が諦めて捨てる・捨てさせられることがほとんどじゃないですか。
それがこの「馬の話」でさえ踏襲されていて、ちょっとつらい。
牝馬レインにとって大好きなリトルクリークや村は、
家族でありホームであり、彼女の一部に他ならない。
なぜレインが家族とホームを捨てなければならないのだ。
スピリットが家族とホームを諦めて村に入ってもいいのである。
この部分、「自由」「自主独立」の大義が、ジェンダー不平等をうやむやにしてる。
「自由」「自主独立」が「何よりも素晴らしいこと」という前提で、
牝馬のレインは家族とホームを手放し、離れ、
牡馬のスピリットだけが何も失わないまま、「嫁かつトロフィーを得て帰還」。
今の状況があるから、自分が「ジェンダー不平等」と書いたことにぎょっとしたのだが、
しかしやはり「ジェンダー(性規範)が不平等だ」と言っているのであって、
「ジェンダー平等を目指せ」に連結しているわけではない。
「平等なジェンダー」があるとしたら、
「ユニセックスジェンダー」「みんなのジェンダー」「ユニジェンダー」←なんだそれ
にするしかないし、結果としてそうなる。
ジェンダーは「女らしさ/男らしさ」ですよ。
セックスにそれを課して、人を一生縛る。
これって「日本人らしさ」「東北人らしさ」「関西人らしさ」を勝手に嵌めるのと似ている。
強度は比較にならないが、構図として。
● 「県民性平等」←ジェンダー平等
生まれも育ちも青森の青森県民と
生まれも育ちも大阪の大阪府民が対談するとして、
「東北人は喋らないのだから、持ち時間3分」
「大阪人は喋るのだから、持ち時間30分」
めっちゃおかしいでしょ。
つまり、今の「ジェンダー平等」氾濫は、「県民性平等」に似たキテレツなのである。
青森県民の持ち時間を3分に制限する理由は、
「喋らない県民性だから3分が適切」でなく、
「県民性()を理由にして3分に制限」ですよ。
● 「地域平等」←男女平等
ではどの都道府県でも「同じ」かと言えばそんなことはない。
一例、東大に進学するのに、東京都民と沖縄県人が同じ条件か?
違いが「ある」のがセックス、「設ける」のがジェンダー。
● 抑圧者が言う被抑圧者の「メリット/デメリット」
記事の主題からややずれるが、これも。
また「ぼくちゃんがかんがえた おとこはちゅらいよ おんなはズルイ」が流れているが、
恥を知らない図々しさに毎度呆れている。
「白人が図表()にした、白人黒人のメリットデメリット」。


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