「でも産むだろ」と「でも売るだろ」の違いはなんですか
http://lttlleo.seesaa.net/article/485974626.html
● 敵味方・有責免責の線引き
「私は売らない」を非難する女性は
「母・妻」を「家父長制社会で庇護される強者」だから批判に躊躇がなく、
「売る女性」を「家父長制社会で負とされる弱者」だから免責しているように見える。
結局これか?
「社会的地位と社会制度の優遇」の有無で、敵味方・有責免責を分けている。
夫という男に私的かつ公的に帰属する女性 と
夫という男に私的かつ公的に帰属しない女性 の二分。
【男に私的かつ公的に帰属しないからこそ「売る」に誘導される女性】に、
「(売ったことがない)単身女性の自分」と
「売っている/いた(少なくとも現在は単身の)女性」をまとめている。
だから
「生み、公的庇護を受ける女性」に敵対意識
「売り、公的庇護を受けない女性」に仲間意識
になっているのと違いますか。
● 婚姻ナタ母に「売った経験がある」とわかったら?
売り買われることから逃れるための結婚とそこに続く生殖で、批判対象ではない?
エア限定でなくリプライや引用RTで躊躇のない批判を送る先の女性が、
売った経験の有無を必ず明言している、ではないですよね。
「あらゆる可能性」を考えていたら何も言えなくなる?
そうだけど。
「売った女性でしたか失礼しました」をやりそうだけど、どう?
● 売っている女性が「シングルマザー」とわかったら?
「生んだという子への加害事実は不動で子への加害者」かつ
「売る女性=被害者の女性」と、自己主張の筋をきっちり通すんですか?
売ることに追い込まれた気の毒な女性として「子への加害者」の批判の口をつぐむ?
2022年03月12日
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